【エッセイ】あの海を青いと思えるなら、それが豊かさだろう
▽豊かさとは何でしょうか?
▽人間の感性はとても曖昧だ
▽豊かさは、定義できるか?
▽結局、豊かさって何?
【当事者風小説】着ぐるみと人間のハーフ(統合失調症)
すれ違ったおばさんの、顔が、虎だった。
いや。正確には、虎じゃない。虎の着ぐるみだった。秋らしくマスタード色のコートを着たおばさんの顔の部分が、まるまる、虎の着ぐるみの顔になっていたのだ。
異世界の物体に、心臓がドクンドクンと熱くなる。後ろを振り返る。ホームには、
忙しなく歩くサラリーマンが溢れている。顔が虎のおばさんなんて、いなかった。
何だ、あれ。単なる俺の見間違い?あまりにも奇天烈すぎる。テレビのドッキリ?
いくらなんでも地味だろう。部下の長澤が昨日の昼休みに言っていた愚痴を思い出
す。『最近ね、娘が旦那の後つけてるんですよ。不倫を疑ってるみたいだけど、夫婦
なのになんか虚しくないですか?』虚しいのかどうかは知らないが、長澤の娘さん
は、尾行する時に変装として、自分の顔を虎の着ぐるみの顔に変えたりするのだろう
か。まさかね。じゃあ、幻覚?… まさか。
改札口に向かって歩き出す。そういえば、一人でこんなに考え事をしたのも、久し
ぶりだ。薄給だったミシンのメーカーを辞め、IT企業のヘルプデスクに転職してか
ら、もう二十年になる。仕事はストレスが溜まるが、特段過酷な環境でもない。思い
返せば、入社したての頃は、作業的に仕事をこなすことへの後ろめたさがあり、家庭
を持つ男への嫉妬があった。だが、それも全て時が解決してくれた。何も考えず会社
に向かう。ルーティンとして仕事をこなす。つけっぱなしのテレビをぼんやり眺め
て、気付いたら寝ている。そんな毎日。
そこに舞い込んだのが、虎の着ぐるみの顔をしたおばさんだった。謎のおばさんじ
ゃなくて、一生遊んで暮らせる大金とか、俺に惚れ込む美女だったら良かったんだけ
どな。
一週間が経った。ところで、俺は昼休みが嫌いだ。社員食堂があって、安いから大
抵そこで昼を食うのだが、社内の人間に話しかけられると未だに疲れてしまう。本当
は昼休みが嫌いなんじゃなくて、人が苦手なのかもしれない。長澤は、そんな俺に話
しかけてくれる、珍しい人間の一人だ。まあ、来月には昇進し、俺の上司になってし
まうのだけれど。
「お疲れ様っす」
俺の焼き魚定食の前に、ぞんざいに置かれる大盛りコロッケカレー。部下とはい
え、そこそこいい年齢になっている長澤が、いつも学生のようなガッツリした飯を食
うところが、俺は好きだった。
虎の着ぐるみの顔をしたおばさん、見たことあるか?そう聞いたら、長澤は何て言
うだろう。「えっ!僕も、東京駅で見かけましたよ」とは行かないだろうな。もしか
したら同じ体験をした人がいるかもしれないと思って、みっちり一時間、インターネ2
ットで調べてみたのだ。慣れないSNSのアプリまでインストールしたが、収穫はゼ
ロ。謎は深まる一方だ。
「長澤くんって、遊園地とか行くの?」
「あー、たまに行きますよ。ウチのは小学生なんで、やっぱそういうの楽しいみたい
で。金はかかりますけどね」
「そういう遊園地とかにさ、動物の着ぐるみっている?」
「… 動物の着ぐるみ?よく行くとこは、開園の時間にウサギのが出てきますけど」
長澤の怪訝な顔に、我に返る。俺は、一体何を聞いてるんだ。
虎の顔をしたおばさんを見るようになってから一週間、実は、何十回も虎おばさん
と遭遇していた。時には会社で。時には牛丼屋で。時にはつけっぱなしのテレビの中
で。もちろん、最初に出会った駅にだって、彼女は出没する。
俺は、とうとう頭がおかしくなったのだ。考えてみれば、「すれ違ったおばさんの、
顔が、虎だった」と思った時点で、病院に行くべきだったのかもしれない… 。いや。
これはきっと何かの間違いだ。俺は、中年で、小太りの、至って普通のサラリーマン。
大丈夫だって。お前は大丈夫だよ。何度もそう言い聞かせる。
しかし、二週間後も経つと、我慢の限界が来た。
メールの返信を寄越さない上司に会うために会議室のドアを開けると、上司の顔
が、オウサマペンギンになっていた。( いや、確かにペンギンみたいな顔立ちだけど。)
電車でうたた寝をした後、フッと顔をあげると、前に座っていたOLの顔が、ペルシ
ャネコの赤ちゃんになっていた。( まるで、ドールハウスにいるフィギュアのようだ
った。)
極めつけは、深夜二時に、唐突だった。「大丈夫、これは人だ」と言い聞かせなが
らテレビを観ていると、アナウンサーの顔が、気付けばラッコになっていたのだ。そ
の瞬間、俺は、絶望した。
今踏んでいる地面が、まるで一気に消滅するよう。着ぐるみの顔って、何なんだよ。
俺にしか見えていないのか?俺という存在は本当に存在しているのか?
まるで、画面越しの異世界だ。自分が実はドールハウスのペルシャネコと同じ存在
で、この世界はドールハウスなのかもしれない。俺が生きてきた五十二年間は空想で
しかなく、俺は二歳なのかもしれない… 。
頭がズキズキと悲鳴をあげる。心臓がドクンドクンと熱くなる。俺は何だ。ここは
どこだ。助けてくれ。世界が怖い。叫び出しそうだ、と思いながら、既に俺の口から
は獣のような咆哮が飛び出し、俺の体は勢いよく玄関を飛び出す。
走った。駆り立てられるままに足を動かし、乱れる呼吸を無いものとし、ただがむ
しゃらに走った。休日もゴロゴロしているだけの体は、既に悲鳴をあげている。
俺が獣なのか、俺が獣に支配されているのか、もはやわからない。もつれる自分の3
足が見える。おい、お前は誰だ。お前は、ドールハウスのペルシャネコか?さしずめ
臆病なウサギってとこか?いっそお前を殺してやる。俺は死んでしまいたい。もう、
いっそのこと、全て爆発してしまえ!
ピントが上手く合わない視界の中に、見慣れた看板。薄い夕焼け色のスモークが、
脳に直接注ぎ込まれる。あれは、そうだ、二十四時間営業の弁当屋。昔、よく会社帰
りに買いに行ったっけ… 。言葉は脳から失われていても、懐かしさは、流れ込む。
吸い寄せられるように店先にたどり着いた。湿ったおにぎりのにおいに、跪く。体
の強張りが、時間をかけて、抜けていく。
「あの… 大丈夫ですか」
頭上で声が聞こえる。優しい人が声をかけてくれたのだろうか。いつもなら「大丈
夫です」と淡泊に答えていた。しかし、獣から人間に戻りかけていた俺は、「ダメで
す。もうダメなんです」と、被せ気味の大声で即答した。神様に懇願するような心持
ちだった。
脳は濁流。おにぎりのにおいは夕焼け色。橋から見た衒いの無い青空が脳裏を焼き
尽くす。初めて人を泣かせた夜の罪悪感がそこに注がれる。社会人になった日の誇ら
しく若いきらめきが胸を裂く。人から殴られた時の肉体の悲鳴が絡みつく。俺の目か
ら、涙が溢れ出た。
「だ、大丈夫ですか?横になります?」
優しい手が、俺の爆発した体に触れる。優しさは怖い。手を掴んでワンワン泣いて
しまいそうだし、手に噛みついてしまいそうだ… いや、落ち着け、自分。全く、俺は
どこまで頭がおかしいんだろう。
何種類ものイメージが入り混じった辺鄙な体を起こす。リクルートスーツを着た
大学生らしきお姉さんは、なぜか泣きそうになりながら顔を覗き込んでくれた。
「すみません、少し、疲れてたみたいで。ありがとうございます。大丈夫です。」
乱れた呼吸を整えながら、いつものように、そう答える。大丈夫だ。まだ、俺は、
話すことができる。
「えっ、でも、大丈夫じゃなさそうです… 」
眉間にシワを寄せて「奥さんとか、誰か、連絡した方がいいですか?」と聞くお姉
さん。こんなおっさんにも親切にしてくれるなんて、良い人だな。長澤が、婚約が破
談になって落ち込む俺を心配してくれた時も、こんな表情だったっけ… 。そう考える
と、何だかおかしくなって、俺はフッと笑ってしまった。
「あっ。多分、大丈夫そうですね」
お姉さんは俺の顔を見て、ちょっと安心したように、そう言った。
「えっ?」
「あなた、きっと、大丈夫だと思います。」
お姉さんが、何を思ってそう言ったのかはわからない。でも、俺はその言葉によろ
よろと近付き、ストンと身を滑り込ませた。そうだ。俺、きっと、大丈夫だ。
それからというものの、俺は、着ぐるみと人間のハーフを一切見ていない。
【エッセイ】私も、あと2cmで、「無敵の人」だったから
▽「無敵の人」は、別のイキモノ
▽犯行動機の裏にある無数のファクター
▽私が無敵の人になりかけたのは
▽こんなイメージ
▽ラベリングは、わかりやすいけど
【エッセイ】神様の声を聞いて便器に顔を突っ込んだJKが、ハッピー食いしん坊社会人になった話
▽入院したくない!
▽ハロー、異常な世界
▽頼もしい小中学生ガールズ
▽ごはん、ごはん、ごはん
▽戦をすると腹が減る
▽ちょっとだけ、それっぽい分析
▽ごはんが超好きになった!!!
▽あなたの味方は、ごはんです!
▽ごはんが食べられなくなっている人へ
▽そして、ごはんを食べられなくなった人がいたら
【エッセイ】彼女が自傷する本当の目的を誰も知らない
『自傷』『リストカット』という言葉は、独特の湿度と色彩を帯びている。友人から「リスカしちゃった」と言われたら、おそらく「あっ…この人そういうことするんだ…」と引いてしまう人が多いんじゃないかな。
ネットに蔓延っていた「メンヘラ」という蔑称は、いつの間にか日常にも浸透した。そういう類の言葉を使う種類の人と、私は深い関係にならない。でも「メンヘラじゃんw」「いやメンヘラか笑」というセリフは、やっぱり聞いたことがある。胸がチクっとする。
私は自傷歴約7年の中堅です(出来ればOGになりたい)。なので、もしかしたら、自傷に対する考え方が独特かもしれません。
でも、いわゆる「フツーの人」の自傷する人に対するイメージって、こんなんじゃないだろうか?
▽自傷する人に向けられるスティグマ
「ねえ、腕切っちゃった…見て…」と言って痕を見せたり、写真を撮って送ったり。もちろんそのような人が全くいないわけじゃない。注目を引く、という目的で自傷を行う人だって、存在する。
ただ、全然違う目的で自傷を行う人も、同じく存在する、ちなみに、補足するならば、この「注目引きタイプ」だって、単にイタいヤツとは限らないんだぜ。
友人や家族がいきなり腕を切っていたら、驚く。心配する。声をかける。…最初は。周囲の人間は、案外すぐに「慣れる」そうだ。
つまり。注目引きで自傷を繰り返す人をそのままにしておくと、『もっと過激なことをして、注目を引こう』とエスカレートする危険性がある。
そもそも、「タダの目立ちたがり」「痛いヤツ」であるならば、もっと別のベクトルに向かってもいいはずだ。インスタで#いいね返しを付けまくればいい。周囲の人間に「私すごいでしょ」と話せばいい。でも、彼らはそうしない。彼らの何かしらの衝動は、なぜ、"自傷"という行為に繋がるのか。そこには何かしらの因果があるはずだ。
自傷の目的って、とても、わかりにくいものだ。医師でさえ、診察の中で継続的にアセスメントを取り、慎重に見定めていくのだから、一般人が本当の目的を見抜くことは限りなく難しいだろう。だが、背景要因を探り、そこにアプローチするという作業は、注目引きタイプにも、別タイプにも、平等だ。いわゆる「リスカするファッションメンヘラ」だって、治療の対象外じゃない。それが長期的に続いているならば、専門家が介入するべきだ。
▽私がかけられてきた言葉
私が現実世界で「自傷しちゃうんだよね」と告白することは滅多にない。メリットが一切ないからだ。誰かに言いたいとも思わない。でも、お付き合いする男の人には確実にどこかのタイミングでカミングアウトしていた。そういう女が生理的に無理だとしたら、騙してるようで悪いなと思っていたから。あとは、タイミング悪く体を見て、「気付いちゃったけど聞けない」みたいな状況にするのもなんか嫌だったから。
するとまあ、皆、似たような反応するんだよね。私もそんなに百戦錬磨な恋愛をしてきたわけじゃないけど、揃いも揃って、「しそうになったら俺に連絡して」、「そういうの聞くと俺がしんどい」、「わかってあげられなくてごめん」、「もっと僕を頼ってほしい」…
わかっている。フツーの人は、カウンセラーでも医者でもない。フツーの人だ。自傷行動が見られる人に対する接し方なんて知るわけがない。彼らは何一つ悪いことをしていない。
でも、なんか、嫌だった。
(俺がしんどいって言われても…ホラ、欠陥を隠して商品売るみたいだから一応申告しただけで、私は別にしんどくないんですが…)と変な気持ちになったりした。
でも、中には先天的に?踏みがちな地雷を踏まない人もいた。「え〜そうなんだ」「大丈夫?」とは言うけど、そんなにその話題に触れず、お腹空いたね〜って言うような人。プーさんみたいだよね。そうそう、プーさんって、内面は意外に冷酷だけど、よく見るとマズローの治療的人格の必要十分条件(共感的理解、自己一致、無条件の肯定的態度)をクリアしてませんか?
そんなのどうでもいいって?失礼しました。ともかく、それはすごくありがたかった。過度に反応するのではなく、過度に遠ざけるでもなく。
考えてみれば、動物だってストレスを与えられると自分の体を傷付けるじゃないか。ストレスがあり、そのストレスに対処できない個体が、自傷に走るのは異常じゃない。それが正常なのだ。
だから、周囲の人は、何もしなくていい。自分の言葉で助けようなんてしなくていい。彼が、彼女が自傷するメカニズムを知らないのなら、医療機関に繋げるだけでいい。
▽自己完結型の自傷
話を戻そう。「注目引きタイプ」以外に、どんなタイプの自傷があるか。これ知ってほしいな〜と思うのが「自己完結型」の自傷である。
まずはこのイラストを見てほしい。
作:私。なんともサイケデリックなイラストになってしまった。ノリで描いたお花のTシャツが超ミスマッチ…ということはともかく。私、自傷する時、こんな感じなんですよね。
▽どういう状態なの?
私のノーマルなやり方は、自分で自分の頭を叩くという方法だ。でも、自分で自分を叩いているという感覚は一切無い。頭の中の人が私を叩いている。なので、私は「死ね死ね死ね!クソ!」と笑いながら人を叩いている。本体の私は無表情だ。その時、そこに私はいない。殴っている体は私そのものだけど、精神はその時、無い物とされている。頭の中の人が叩いているのだから、私はそれを止めることができない(そう合理化するために、頭の中の人を存在させているのかもしれないが)。
終わると「痛い…叩かれるようなことしてごめんなさい…」と泣けてくるのだ。いや、自分でやっといて何だよ!と自分でもズッコけたくなるよね。
そして、一通り終わると、自傷する前より気持ちがスッキリしているのだ。私はそろそろ寝るかと何食わぬ顔で布団を敷き出す。
ちょっと解離みたいな所もあるんだろうけど、要は、一種のストレス解消法として自傷行為を使っている。
▽どうしてやめないの?
これに関しては、ちょっと言葉を濁してしまう。止めたいという気持ちはある。めちゃめちゃある。例えば、お金で解決するのなら、20万くらいは即出せる。(今の私の経済状態で、ということである。有り金は全部出せる。)
自傷をやめられない人って、自傷という行為の依存症なんだと思う。
もちろん、DSM5に自傷依存症なんて病名はないんだけど…
自傷するという行動の結果、周囲の注目を引ける・ストレスが発散できる・嫌なことから逃げられる・その瞬間だけ夢中になれるっていう、メリットを得る。その構造から抜け出せないのだ。
ただ、それは一時的なものでしかない。周囲の注目は薄まっていく、明日も会社には嫌な上司がいる…そんなこんなで、自傷が習慣化してしまうんじゃないだろうか。
アンガーログをつけたり代替行動を試したりと、私も一応努力はしている。でも、大きなストレスが掛かった時、ストレスが重なった時、つい手が出てしまうのを止めることは、とても難しい。
やめないんじゃない。1人ではやめられない。だからこそ、医療や臨床心理の介入が必要不可欠だ。
▽最後に
変な紙芝居みたいなイラストは、こないだ衝動的に書き殴りました。
これを元に文章を書いてみると、案外スラスラと筆を走らせることが出来た(実際はチェルシーを舐めながらスマホでフリック入力してるんだけどさ)。
そして、私は誰かに何かを伝えたいらしいので、その意を汲んで書こう。自傷をあんまり変な行動だと思わないでほしい。
私が飼っていたハムスター(名前:はむちゃん)も、一時期母親の生活音がうるさすぎて自分の体を掻きまくっていたよ。
メンヘラじゃんと笑われているその彼は、彼女は、あなたと同じように飯を食って布団で寝てスマホ弄って生きてきた人なので。ストレス溜まったなーとか、仕事キツいなーとか、そんな、あなたにも馴染みの深い理由が自傷に繋がってるかもしれないので。変に刺激を与えるようなことを言わず、でも本当にしんどそうだったら医療に繋げてください。
※自己完結型とかは、私の造語です。そんな用語はないぜ!ワハハ! ワテはしっかり知りたいんやでという方、自傷行為やABAについて調べてみてください。そして浅学な私に情報を流して貰えると、私が楽に知識を得ることが出来ます。