発達障害一人暮らし奮闘記

発達障害(おまけに精神障害)診断済みの23歳女が1人でどうにか生きていく記録です。

【エッセイ】他人に「あなた、生きていけるよ」という保証を貰った話

『大学を卒業したら自殺する』というのが大学時代の私の目標だった。理由は2つ。

・死にたかったから

・でも、「お父さんが学費払ってるんだから、大学は卒業しなきゃダメだよ」と当時の彼氏に言われたから

この2つを統合させて、『大学を卒業したら自殺する』という目標を立てた。

未熟で単純だ。自殺が目標というのも、なんだかよくわからない。
でも、そんな短期間の自殺目標が、しんどい毎日をこなす原動力になっていたのも事実。

大学の授業も、実習も、しんどかった。曖昧な指示を受けたり、自分が失敗したりすると、すぐにイライラして自分の脚を殴っていた(もちろん隠れて、だが)。

つまり、私は「卒業したら死ねる」という強化子を設定して、頑張ってきた。そのおかげで無事大学生活を終え、何のイタズラか特別賞なんぞも頂いておめでたく卒業出来たのだが、『これで死ねるぜ!』『えっ本当は生きたい気もする…』『やっぱり死ぬべきなんじゃないか?あれ?』と脳内がグルグルグルグル…というようなこともまああったのだが、どうにか今も、死に損なって生きている。


社会人になった今は、あの春休みに、死ななくて本当によかったな~と思う。美味しいケーキは美味しいし。休日の朝にサンドイッチを作る時は、ちょっとウキウキするし。

一歩間違えたらどこに転んでもおかしくなかった私が、なぜ今こうして生きているのか。それは、とある他人に「あなたは生きていける」という保証を貰っていたからだ。

 

その他人とは、いわゆる元彼。大学1年生の時から、1年半くらい付き合っていた。男の人と一定期間きちんとお付き合いしたのは、彼が初めてだった。

元彼(Aとしよう)と私は、よく散歩をしていた。散歩は良い。カフェで話すより何故かのんびり出来るし、お金も掛からない。何なら交通費の節約にもなる。

 

その夜、私は、とにかく家に帰るのが嫌だった。

母親は情緒不安定で、父親は怖かった。その頃は「親が悪い子の私を殺すんじゃないか」と毎日怯えていた。家に帰りたくなかった。信頼できる人間と一緒にいたかった。Aと毎日一緒にいるのは無理、それはわかってる。でもせめてその夜だけは、一緒にいたかった。

「私はネカフェに泊まるわ!グッナイ!」と男前に言い切り1人で漫画を読みまくれば、今もAは私の側にいてくれたのかもしれないが、私は「お願い、帰らないで」とAの袖を掴んでいた。メンヘラという蔑称は嫌いだが、この時は本当にちょっとメンヘラだったと思う。本当、ごめんね、A。私は色々とギリギリだった。

 

そう、そうだ、川沿い。確か目黒川だっただろうか。

「帰らないで」と必死で繰り返す私を、Aは無言で散歩に連れ出した。少しずつ帰路の方へ向かいながら。黙って話を聞きながら。カウンセラーもびっくりのナイスな判断である。

 

私は、とある国家資格試験の一次試験に合格した直後だった。
そういえば、「試験、受けてみれば?」と言ったのもAだった。家出たいとか大学辞めたいとか、非現実的な願望を繰り出す私に、「まずは、家を飛び出しても、大学を辞めても、どうにか生きられる資格を取ってみたら?」と。これもナイス判断で、後に私はこの資格を活かして就職することとなる。当時はあまり深く考えずに受験したのだが、やっぱり合格は嬉しかった。

その反面、気に食わないことがあった。家族と仲が良くて家庭も裕福な知り合いが、続々と試験に落ちたことだ。私は努力しても手に入らないものに苦しんでいる!お前達は努力すれば必ず手に入るものを、何故手に入れない!と。そんなの、完全に私の僻み、余計なお世話だったんだけどね。

「普通に家に帰って、普通に家族と話して、って。皆やってるんだよね。そんなことが、私はどんだけ頑張っても、全然出来ないんだよ。皆さ、そんな難しいこと軽々出来るのに、どうして試験に落ちるんだろ。試験に受かるなんてさ、そんなの勉強すればいいだけなのにさ。」

随分ねじ曲がってるというか、偏屈な言い分である。Twitterに書いたら罵詈雑言のリプが付きそう。ひえっ。そんなことを、私は目黒川沿いで、グズグズと半泣きでごちた。

Aは、いつものように際どい皮肉で返してくる…はずだったのだが、予想外の反応が返ってきた。


「あは、あはははっ」

Aは、ちょっとこちらがビックリするくらい爆笑していた。爆笑し過ぎて滅多に外さないメガネを外し、目を擦っていた。まあ確かに破天荒で適当な発言だけど、そこまで面白くもなかったろうに…笑いすぎでしょ…と不思議に思いながら顔を覗き込むと、違った、笑っていたんじゃなかった。いや、笑ってはいたんだけど、同時に、ちょっと泣いていた。瞳がうるんでいた。うるんだ瞳のまま、初めて見る表情で、爆笑していた。

絶対に泣かない人!という訳ではなかったけれど、簡単に泣く人でもなかった。なんだなんだ?なんか今の泣くとこあったか…?

半ば虚を突かれたような気持ちで、しばらく、無言で歩いていた。Aも、しばらくは無言だったように思う。

そこからは、しばらく記憶が途切れる。ネクストシーン。

あともう少しで駅に着くというところ、確か少し広めの踏切の前で。夜だったはずなんだけど、空の色は全く思い出せない。なぜか明るかったような気もする。でも、Aの表情と声は昨日のことのように思い出せる。そういえば、両手で肩を持たれた気もする。そして、言われた。

「あなたね、大丈夫だよ。あなた、絶対、この先生きていけるよ。うん。俺が保証する」

Aは何故か至極満足気で、それまでの重い空気を一掃するような表情をしていた。

『タイムマシンを使って10年後のあなたを見てきましたが、あなたはとてもハッピーに暮らしていました!良かった!』みたいな…コイツは大丈夫だ、という確信を持った表情をしていた。虚を突かれてはいたが帰りたくない一心だった私は正直『???』状態で、「はぁ…」という、センスもかけらもないクソ相槌を打ってしまった。おそらく、大事な場面だってことはわかった。ただ、Aの気持ちが、よくわからなくて、虚を突かれたまま、なんとなく帰路についた。

 

今ならわかる。

その保証は、とても信頼できる、長持ちする、スペシャルな保証だった。

「こんな偏屈なこと言えるんなら強い女だわ!」とでも思ってくれたのだろうか。真意はもう確かめられないが、とにかく、聡明な彼がそんなにスッキリと言うならそうなんだろう…と、歩み寄り、ストンと足を滑らせ、私はその魔法の穴に都合よく滑りこんだのである。

Aは、非常に協力的で優しい人だった。大学を退学しようとするのを止めてくれたり、カウンセリングを薦めてくれたりした。

ただ、その優しさを返す余裕を、私は持ち合わせて無かった。精神的にも、未熟だった。

そんなわけで、その後、順当にフラれた。もう少し細かく書くとすると、この記事には書ききれない難しい要素や問題が、私にもAにも私とAの間にもあった。男女の関係を保つには、互いが複雑すぎたのかなと思う。

言い争った暁には、双方が双方を嫌いになってしまった。私は今でもAのことが嫌いだ。もう話したくないし会いたくもない。Aも私のことが嫌いだし、話したくないし会いたくない。一生、他人。

でも、その「スペシャルな保証」だけは、未だに残っているのだ。確かに私の頭の中に。

魔法の穴は壊れてしまったけれど、全てを失くした訳じゃない。Aと過ごした日々はどんどん消えていくけど、これだけは忘れない。いつか私がもっと年を取って、新しい出来事がたくさん起こって、たとえ記憶のバケツがいっぱいになったとしても、あの踏切の音や、不思議な気持ちや、彼のスッキリした表情や、謎に強い説得力を持っていた魔法の言葉は、死ぬまで忘れない。それらはまだ、私の頭の中で、新鮮に息をしている。

『大学を卒業したら自殺する』という目標は、カウンセラーにも、主治医にも言わずに、ずっと大切に胸の中に秘めてきた。誰も信用できやしない!私だけが私を知っている!私の自殺を誰も止められないだろう!と、1人息を荒くしていた。

でも、『これで死ねるぜ!』『えっ本当は生きたい気もする…』『やっぱり死ぬべきなんじゃないか?あれ?』の脳内グルグルグルグル…の中に、Aのあの時の表情と声、あったんだよね。

A。本当に、ありがとうございました。色々と迷惑をかけてすみませんでした。ま、もう遅いんだけどね。

Aがこの記事を読んだとしても、Aの気持ちは微塵も変わらないだろう。現実にそのようなことが起こったら、おそらく彼は鋭い速度でどんよりした気持ちになり、それを抑圧するかのごとく真顔でブラウザを閉じることだろう。目に浮かぶ。

私の方だって、きっと想い出を美化しているんだろう。もう何年も前の記憶だ。Aの行動も、さほど意図も無かったのかもしれない。そもそも、Aの苗字を見るだけでもイライラする。

でも、それでいいじゃんねー。

多からず少なからず、大人は皆、惨めで無様で本当にどうしようもない日々を、都合良く、ドラマチックに美化して生きていくんだわ。

彼はとっくに苦い記憶を消化していて、私の名前さえ覚えていない。でもさ、私はさ、あなたより、ちょっと消化に時間がかかってるんですよ。

覆水は盆に返らない。覆水を盆に戻したいわけじゃない。あまりにも輝きすぎていた、あなたとの日々のあぶくを、私は、私はこの手に持て余している。そして、たまに取り出して遠くから眺めてしまう。どんどん色あせていくくせに。いつか忘れるくせに。

この記憶に色をつけるとしたら、きっとそれはケーキのような淡い色。そうでないと、前に進めないから、私が淡い色に引き伸ばした。さて、さっぱりとしたレモンタルトでも食べに行こうか。今度の仕事帰りは、カフェでサッとテイクアウトでもして、紅茶と一緒に爽やかな甘さを味わおう。美味しいなぁ、生きてるなぁ、死ななくてよかったなぁ、って、きっと、思える。

この先も、生きていくね。


※そんな歌じゃねえよ!と怒られそうですが、歌詞をちょびっとつまんじゃったりしていますので、脳内BGMを記しておきます。

♪日々のあぶく/フラワーカンパニーズ